スタバの「意識高い系」はなぜ嫌われるのか

   

スタバの顧客満足度が低下。その原因とは・・・

今となってはすっかりと日本に馴染んでいるスターバックスコーヒー。店内はきれいに装飾されて従業員への教育も丁寧なスタバは、高い顧客満足度を維持してきました。しかし、直近の満足度調査では、ドトールやタリズのような競合に敗北し、後塵を拝しているようです。その理由は、「メニューやサイズがわかりづらい」といった真っ当な(?)理由がある一方で、「意識高い系が多いから」という少し変わった理由も挙げられているようです。

スターバックスにいる「意識高い系」とは

MacBookをカタカタと叩きながら作業をしている人は確かにスタバには多くいると思います。しかし、カフェでPCを使って仕事をしている人は、今時少なくありませんし、カフェで仕事をすること自体に嫌悪感を持たれているわけではないと思われます。ドトールやタリズ、コメダ珈琲に至るまで、どこのカフェに行ってもPCで作業をしている人はいっぱいいます。おそらく、スタバのようなオシャレ空間で、デキる自分を演出しようとしている、いわゆる「意識高い系」に対して嫌悪感を抱いているのだと思います。

意識高い系がなぜ嫌われるのか

意識高い系がなぜ嫌われるのか。それにはいくつかの答えが既に指摘されています。

「自分の知識をひけらかしているようでウザイ」
「何もしない自分の正当化のため」
「結局中身がないつまらない人間が多いから」

などなど色々とありそうです。ですが、ここでは「スタバが提供しようとしているもの」という観点から、スタバにいる意識高い系が嫌われる原因を考えてみたいと思います。

スタバはリラックス空間を提供している

スタバが日本進出時には、既に日本には喫茶店が広く定着していたため、その普及は難しいと言われていました。ですが、「コーヒーを売るではなく、その空間を提供するのだ」とし、スタバは勝算があるとして日本進出を進めたそうです。つまり、スターバックスが提供しようとしているのは、店内の装飾や従業員の接客態度から演出される雰囲気によって創り上げられる、独特のリラックス空間なわけです。このリラックス空間では無理に肩肘をはらずに、自然体な自分でいられるわけです。だからこそ、女性たちは談笑を楽しむために好んでスターバックスに行きますし、集中しやすいので勉強のために学生が利用するのです。リラックスしてありのままの自分でいられる、そんな空間がスタバという場所なのです。

無理に自分を演出しようとしている「意識高い系」

自然体でいられるはずのスタバというリラックス空間。ここにいる「意識高い系」とはどんな存在でしょうか。オシャレなもので自分着飾り、無理に作られた「自分」を演出しようとしている「意識高い系」は、スタバというリラックス空間では異質な存在とも言えます。自然体でいられるはずの空間で、無理に偽った自分を演出しようとしている。そんな人たちだからこそ、リラックス空間にいると、彼ら/彼女らに対して違和感を強く感じてしまうのかもしれません。

まとめ

今回は、ネットの記事を基にスタバにいる意識高い系への違和感について考えをまとめてみました。一貫性がなかったり、浮いていたりするものに対して人は違和感や嫌悪感をもちます。そうしたポイントからも今回の問題を分析できるのでは、と思います。

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