「考えること」=「言語化すること」

   

昨日今日と天候にも恵まれて、快適な一日を過ごすことができました。家に引きこもっているよりも、外に出て陽の光を浴びることの大切さを感じています。

机に向かって悶々と考えているよりも、外で歩きながら考え事をした方がこれまで気づかなかったことに気付けたり、情報や知識の整理がはかどったりします。人類はもともとは、外を長時間歩きながら狩りをしたり、木の実の採集をしたりしながら生活を送ってきたといいます。人間は外に出て動き回りながら生活を過ごすほうが本来の力を発揮できるということなのかもしれません。

久しぶりの更新となりますが、今日は「考えること」について気づいたこと等をまとめておこうと思います。かつてこのブログでふれたことと重複することもあるかもしれません。

僕は「考えること」=「言語化すること」と認識しています。自分の感じたことや思ったことを言葉にして表現することが、「考える」という活動です。言語化して文章の形にすることで始めて頭の中に有る、曖昧模糊なことを明確に表現することができ、他者にも伝達できるようになります。

しかし、他者に対してだけでなく自分自身にとっても、言語化することで始めて自分の考えていることを認識できるようになります。人と話しながら思わず自分の口から出た言葉に、自分自身が驚いたことは誰しもあるのではないかと思います。「自分ってこんなことを思っているんだ」と。あるいは、一旦口に出したり書いてみたものの、なんとなく自分が思っていたことと違うな、と感じたこともあるのではないかと思います。つまり、言語化してみることで初めて「自分の考えていたことらしきこと」を表現することができて認識可能な形式に変換され、直感と合致して確かに自分が考えていたことだと納得できればそれが自分が考えていたこととであり、逆に直感的に違和感を感じるならば、自分の考えていることをより正確に表現するために言語化の修正が必要となることがわかります。

こうした言語化による思考の認知可能性と修正の必要可能性から、アウトプットすること(話すこと、書くこと)の重要性がわかります。ブログは「書くこと」を鍛錬する、つまり、考えることを鍛錬する良い場なので、今後はなるべく更新していくようにしていきます。

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